大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)19号 判決 1976年4月20日

原告 桜井宗五郎

被告 大阪府

訴訟代理人 麻田正勝 西村省三 ほか九名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和四五年三月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

(当事者の主張)

第一請求原因

一  デモの許可申請及びこれに対する不許可処分

(一) デモの許可申請

原告は安保万博粉砕共闘会議の代表委員として、同会議に結集している各団体の所属員を中心とし、昭和四五年三月一五日の日本万国博覧会(以下万国博という)公開初日に安保万博体制反対の趣旨を広く内外の人々に訴えるため、同月一二日大阪府公安委員会に対し、左の集団示威運動(行進)(以下本件デモという)の許可申請をなした。

1 目的、名称

万博反対者による示威行進

2 実施日時

昭和四五年三月一五日、集合一四時三〇分、出発一四時三〇分、解散一六時三〇分

3 集合場所

吹田市山田小川北大阪急行電鉄「万国博中央口」駅北側タクシー乗降場

4 集団示威運動の場所、行進経路

万国博中央口北側タクシー乗降場-大阪中央環状線-流出線-調和橋北詰左折-外環状道路東口前-日本庭園北側-外環状道路北口前-西駐車場南三差路右折-西ゲート前交差点直進-弘済院東交差点直進-南公園口バス停直進-佐竹台二丁目交差点右折-南千里駅ガード下(流れ解散)

5 主催者の氏名

安保万博粉砕共斗会議責任者中井五郎

6 参加団体

万博台湾館粉砕行動委員会、反安保キリスト者連合、ベ平連、反戦その他

7 参加予定者人員 一、〇〇〇名

(二) 大阪府公安委員会の本件デモ不許可処分

大阪府公安委員会は原告の右許可申請に対し、昭和四五年三月一三日吹田市条例第九九号「行進及び集団示威運動に関する条例」(以下吹田市公安条例という)四条に基づきこれを不許可とした(以下これを本件不許可処分という)。その理由とするところは次のとおりである。

本件許可申請にかかる集団示威行進は、万国博開幕日(日曜日)に実施しようとするものであるが、当日は、入場者約六〇万人、車輌約五万二、〇〇〇台の膨大な来場による極度の雑踏、交通停滞が必至とされているところである。しかも、本件集団示威行進の主催団体は、万国博の粉砕を唱え、その中には、中華民国館の実力粉砕を企図しているものもある。このような団体が、万国博入場者の約四五パーセントが利用すると予想され、雑踏による事故が最も危険視されている万国博中央口の一部である北側タクシー乗降場を集合場所及び出発点とし、高速自動車道と同様の道路構造を有し最高速度時速六〇キロメートルが認められている大阪中央環状線を経て、大阪中央環状線ほか一一本のアプローチ道路と接続する万国博交通の中枢道路である外環状道路に至り、さらに万国博会場への主要出入口である西ゲート前道路(外環状道路と千里二号線とを結ぶ連絡道路)等を集団示威行進するときは、万国博業務の円滑な運営を阻害するとともに極端な雑踏による重大な事故の発生、広域にわたる交通の大混乱とこれに伴う交通事故発生の危険の増大は必至であり万国博に来場する観客、通行者及び集団示威行進に参加する者等の生命身体の危険も予想され、まさに公共の安全に差し迫つた危険をおよぼすことが明らかであると認められるので、道路交通法第七七条第二項に基づく不許可とあわせ、行進及び集団示威運動に関する条例(吹田市条例第九九号)第四条に基づき不許可とした。

二  本件不許可処分の違法性<省略>

三  被告の責任<省略>

四  原告の損害<省略>

五  結論<省略>

第二請求原因に対する答弁<省略>

第三被告の主張<省略>

第四被告の主張に対する原告の答弁<省略>

理由

一  原告が安保万博粉砕共闘会議の代表委員として、同会議に結集している各団体の所属員を中心とし、昭和四五年三月一五日の万国博公開初日に本件デモを行なうため、同月一二日に大阪府公安委員会にその許可申請をなしたこと、及び同公安委員が同月一三日吹田市公安条例四条に基づき、原告主張の理由によつてこれを不許可としたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、以下本件不許可処分の違法性について判断する。

(一)  吹田市公安条例の違憲性について

1  憲法二一条が保障する表現の自由は民主主義の根幹をなすものであつて、基本的人権の中でも最も重要な地位を占めるものである。特に、マスメデイアが極度に発達した現代社会において自己の意思を有効に表現する手段、機会をもたない一般大衆にとつては、デモは自己の意見や思想を主体的に表現する手段として極めて重要な役割を果すものといえる。しかし、一方、憲法において保障される基本的人権はいずれも絶対無制限のものではなく、他人の基本的人権との衝突を調整する原理としての公共の福祉による内圧的制約を伴なうものであり、憲法二一条によつて保障される表現の自由もその例外ではない。したがつて、デモについても公共の福祉による制約として必要最少限の規制がなされることはやむをえないものといわなければならず、また、デモが言論、出版による表現とは異なつた行動様式を伴なうところから、それらとは異なつた規制を必要とすることも否定できない。

ところで、吹田市公安条例は一条において、「行進若しくは集団示威運動で、車馬又は徒歩で行進を行ひ、街路を占拠又は行進することによつて他人の個人的権利又は街路の使用を排除若しくは妨害するに至るべきものは、公安委員会の許可を受けないでこれを行つてはならない。」と規定しているのであつて、すべての行進もしくはデモにつき公安委員会の許可を必要としているわけではなく、「街路を占拠又は行進することによつて他人の個人的権利又は街路の使用を排除若しくは妨害するに至るべきもの」に限つて公安委員会の許可を要するとしているのであり、しかも、同条例四条一項は、「公安委員会は、行進若しくは集団示威運動が公共の安全に差追つた危険を及ぼすことが明らかである場合の外は、これを許可しなければならない。」と規定して公安委員会に許可を義務つけており、不許可の場合を厳格に制限しているのである。そして、このような内容をもつ公安条例が憲法二一条に違反するものでないことは、最高裁判所昭和四四年一二月二四日判決(刑集二三巻一二号一六二五頁)、同昭和三五年七月二〇日判決(刑集一四巻九号一二四三頁)に照らして明らかであるから、同条例がデモに対する事前の制約を課していることを理由に憲法二一条に違反するとする原告の主張は採用することができない。

2  次に、吹田市公安条例が表現の自由の制限として必要最少限度の範囲を逸脱しているか否かにつき考えるに、まず、前記のとおり、同条例はすべての行進もしくはデモにつき公安委員会の許可を必要としているわけではないから、一般的、包括的にデモを規制しているとはいえず、さらに、デモについて公安委員会にその許可を義務づけており、不許可の場合を厳格に制限しているのであるから、一条の規定にかかわらず、同条例の定める許可制はその実質において届出制と異なるところがないと考えるべきであり、これが憲法に違反するものでないことは前記最高裁判決によつて明らかである。

第二に、同条例が、「行進若しくは集団示威運動が公共の安全に差迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合の外はこれを許可しなければならない。」(四条一項)と規定している点は、公安委員会がデモを事前に規制するための基準としては一見抽象的にすぎるきらいがないではないが、一般に、法規は規定の文言の表現力に限界があるばかりでなく、その性質上多かれ少なかれ抽象性を有することが避けられないのであるから、右の程度の規定内容をもつて直ちに基準が不明確であり濫用のおそれが高度であるとはいうことができず、また、いかなる法規も濫用のおそれが絶無とはいえないのであるが、濫用のおそれが場合によつては内在していることをもつて直ちに同条例が違憲であるとはいえないことは、前記最高裁判決が示すとおりである。

第三に、同条例は、四条三項において、公安委員会が許可を与える際適当な条件を附することができる旨定め、五条において右条件に違反した場合は処罰する旨定めているが、四条三項によれば、右条件は「群衆の無秩序又は暴行から一般公衆を保護するため」に限つて附することができるものであつて、公安委員会が条件を附しうる場合を特定しており、これに基づいて具体的に条件が定められ、この具体化された条件に違反した行為が刑罰の対象となるのであつて、公安委員会が実質的にデモの権利を剥奪することを目的としてほしいままに条件を附することを許しているものではないから、犯罪構成要件が不明確であつて白地刑罰法規として濫用される危険性を有するということはできない。

第四に、同条例が原告の指摘するようなデモの許否決定に関する諸規定を欠いていることは事実であるが、これをもつて直ちに同条例が憲法違反であるということはできない。

以上のとおりであるから、吹田市公安条例がデモに対する必要最少限の規制の範囲を逸脱し、違憲である旨の原告の主張は採用しえない。

3  吹田市公安条例が憲法九四条に定める地方公共団体の条例制定権に基づいて制定されたことは形式上明らかであるから、同条例の存在について法的根拠がないとする原告の主張は理由がない。

また、原告は、改正前の警察法(昭和二二年法律一九六号以下旧警察法という)に基づく吹田市公安委員会が廃止されたことを根拠にデモについて許可手続を管掌する機関が存在しない旨主張するが、同条例にいう「公安委員会」とは管轄の公安委員会という趣旨に解すべきであり、改正後の警察法(昭和二九年法律一六二号、以下新警察法という)施行後においても、同条例がデモの許可手続管掌機関を特に旧警察法に基づく吹田市公安委員会に限定していた趣旨に解するのは相当でなく、新警察法施行後は、当然に同法に基づく大阪府公安委員会が右許可手続管掌機関に当るものというべきである。何とならば、同条例一条がデモを行なうに当り予め公安委員会の許可を受けることを要する旨規定しているのは、デモにより明らかに公共の安全を害するような事態の発生を予防するためであり、その必要性は旧警察法に基づく吹田市公安委員会が廃止され、新警察法に基づく大阪府公安委員会が設けられたということにより何らの影響を受けるものとは考えられないからである(最高裁判所昭和三九年九月二九日判決刑集一八巻七号四七二頁参照)。

(二)  本件不許可処分の違憲、違法性について

1  明白かつ現在の危険の存否

(1) 本件デモの集合場所、行進経路の状況

<1> 万国博中央口駅付近

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

(i) 万国博中央口駅コンコース

北大阪急行電鉄万国博中央口駅コンコースは、同駅プラツトホーム、中央環状線道路上のバス乗降場及びタクシー乗降場の階上にあり、これらとは階段またはエスカレーターをもつて連絡している。そして、同コンコースは中央部の同駅改札口から北は万国博展示場中央口まで、南はエキスポランド中央口まで通じており、中央部の最も狭い部分の幅員は六・三メートル、北側コンコースは幅員二〇メートル、長さ九〇メートル、面積二、五五〇平方メートル、南側コンコースは幅員一六メートル、長さ九〇メートル、面積一、七六〇平方メートルであり、南北両コンコースにはそれぞれ北大阪急行電鉄の乗車券出札所及び万国博入場券出札所が設けられている。

(ii) 北側タクシー乗降場

本件デモの集合場所である北側タクシー乗降場は、万国博中央口駅コンコースの階下を走る中央環状線道路の北側端に設けられている最大幅員八・五メートル、面積七二〇平方メートルの東西に長い帯状の施設であり、中央環状線道路面より若干高くなつているが、車道と区画する柵などは設けられていない。そして、前記コンコースとは幅員一・七メートルの階段及び幅員〇・八メートルの上りエスカレーター(輸送能力一時間三、〇〇〇人)とで連絡している。

(iii) 中央環状線

中央環状線は池田市から途中一二の衛星都市を経て堺市に至る大阪府下交通の大動脈的役割を果している重要な幹線道路で、途中数本の国道及び名神高速道路等の主要幹線道路と接続しており、万国博会場のほぼ中央を東西に貫いており、同会場への最重要アプローチ道路である。右道路は歩車道の区別はなく、片側三車線、指定最高速度時速六〇キロメートルの事実上自動車専用道路である。

<2> 外環状道路

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

外環状道路は万国博会場外周を取り巻く全長五・二キロメートル、幅員二二メートルの道路であつて、万国博会場へのアプローチ道路である道祖本摂津北線、同南線、茨木駅千里丘陵線、千里二号線及び中央環状線と接続し、これらのアプローチ道路を通じて名神高速道路、大阪高槻京都線、国道一七一号線等の主要幹線と連絡している。また、外環状道路沿いにその外側には約二万台収容の駐車場があり、さらに、右道路に沿つて東、西、南、北四か所に会場ゲートが設けられており、右道路は万国博関連道路中基幹をなす重要道路である。そして、右道路の車道幅員は一七メートル、五車線で、右回り一方通行、最高速度時速五〇キロメートルの規制がなされている。歩道は両側にありその幅員はいずれも二・五メートルであるが、車道から一メートルの幅で七メートル間隔で街路樹が植えられているほか、照明灯ポール、消化栓(内側歩道のみ)が設置されているため、歩道の有効幅員は僅か一・五メートルに過ぎない。

<3> 連絡道路

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

外環状線西口駐車場南側から西団体バス駐車場西側交差点に至る道路は左に大きく弯曲した約四〇〇メートルの下り勾配の道路であり、幅員は約一一メートルで歩車道の区別はない。そして、西団体バス駐車場西側交差点から千里二号線と交差する地点(西ゲート前交差点)に至る道路は約一〇〇メートルの直線道路で、幅二メートルの中央分離帯をはさんで両側に幅員各七・五メートルの車道及び幅員各二・五メートルの歩道があるが、歩道上には照明灯ポールが設置されているため、その有効幅員は一・七メートルである。この西口駐車場南側から西ゲート前交差点に至る連絡道路は万国博会場西ゲートに直接アプローチする道路であり、西口駐車場及び西団体バス駐車場に直結しており、東行一方通行、最高速度時速四〇キロメートルの規制がなされている。

<4> 千里一、二号線

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

西ゲート前交差点は、千里二号線が北から西へほぼ直角に曲る地点であり、これに万国博西ゲートに至る連絡道路及び南北に走る山田上小野原線が交差する変型五差路となつている。そして、同交差点から佐竹台二丁目交差点までは千里二号線、同交差点から本件デモの解散地点である阪急千里山線南千里駅ガード下までは千里一号線で、その距離は合計約二キロメートルである。そのうち、千里二号線は、千里ニユータウンを南北に貫く幹線道路であり、幅二メートルの中央分離帯をはさんで両側に幅員各六・六メートルの車道及び幅員各三・五メートルの歩道があるが、歩道上にはいずれも車道寄りに街路樹が植えられているため、その有効幅員は約二・三メートルである。西ゲート前交差点から佐竹台二丁目交差点までの間には堺布施豊中線と交差する弘済院東交差点があり、また、佐竹台交差点は千里二号線と千里一号線(東は大阪高槻京都線に、西は新御堂筋線にそれぞれ接続する)とが交差する地点であり、いずれも平常時においても交通量は極めて多い。千里一号線は幅員三メートルの中央分離帯をはさんで両側に幅員各六・五メートルの車道及び幅員各四・五メートルの歩道があるが、歩道上にはいずれも車道寄りに街路樹が植えられているため、その有効幅員は約三メートルである。そして、前記佐竹台交差点から南千里駅の周辺には千里病院、南地区開発センター、スーパーマーケツト等があり、千里ニユータウン南地区の中心地である。

(2) 本件デモが実施された場合に予想された交通の安全等に及ぼす影響

<1> 万国博中央口駅付近

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

(i) 万国博中央口駅コンコース及び北側タクシー乗降場

三月一五日の万国博一般公開初日は日曜日でもあり、入場者数は六〇万人を超えるものと予想され、その四四・三パーセントに当る約二七万人が、万国博会場への入場と交通の便において最も好条件の中央口利用者と考えられた。そして、同日は北大阪急行電鉄利用者約一九万二、〇〇〇人、バス利用者約一万六、〇〇〇人、タクシー利用者約九、〇〇〇人、合計約二一万七、〇〇〇人が万国博中央口駅コンコースに集中すると考えられ、同コンコースは非常に混雑することが予想された。これを本件デモの集合時間である午後二時三〇分前後についてみると、午後二時から午後三時までの間の会場中央口における入場者は一万九、一三〇人、退場者は一万六、四〇〇人、合計三万五、五三〇人と予想され、これらのほとんどが万国博中央口駅コンコースに集中するため、北大阪急行電鉄、バス及びタクシーの輸送能力並びに会場中央口の整理能力から考えて、同コンコースには常時二、〇〇〇ないし三、〇〇〇人が滞留するものと考えられた。また、本件デモの集合場所である北側タクシー乗降場の面積は七二〇平方メートルであるから、同所の流動可能人数は最大七二〇人(一平方米当り一人以下)、収容可能人数は最大三、六〇〇人(同五人以下)であり、同所も相当混雑することが予想された。そこへ、本件デモの参加者が加わつた場合は、参加者が同所に集合し始めてから参加者全員約一、〇〇〇名がデモに出発するに至るまでにはかなりの滞留時間を要するものであるから、同所での乗降客の流動が著しく阻害され同所は極度に混乱し、しかも、前記のとおり、タクシー乗降場と中央環状線道路との間には柵などの区画設備がないことを考えると、乗降客がタクシー乗降場から中央環状線上にあふれ出し、その結果、車道をひんぱんに通行する自動車との接触等による人身事故発生の危険及び中央環状線の交通を著しく阻害するおそれが十分に考えられた。加えて、右のようなタクシー乗降場の混乱は階段及びエスカレーターで連絡している前記コンコース、さらには万国博中央口駅プラツトホーム、バス乗降場及び南側タクシー乗降場にまで波及することが予想され、右混雑が朝夕の通勤時のラツシユと異なり、地方から上阪した地理不案内の、しかも老若男女混在した集団において生じることをも考えると、その場合は極端な雑踏や群集心理に起因する圧迫、転倒、先争いが生じ重大な人身事故発生の危険性があると考えられた。

(ii) 中央環状線

中央環状線は、前記のとおり、事実上自動車専用道路であり、しかも、道路上にバス及びタクシー乗降場が設けられているため、一般通過交通と右各乗降場へ向う車輌とが複雑に交錯し、常に交通事故発生の危険性を内包している。また、三月一五日には万国博会場への来場車輌は約五万二、〇〇〇台と予想され、午前一一時四五分頃には中央環状線は万国博中央口駅付近を先頭にして南は東大阪市荒本まで約一七・五キロメートル、西は兵庫県境まで約一一キロメートルにわたつて延々交通渋滞が生じることが予想された。ところで、本件デモは、通常のデモの場合と同じく、四列縦隊で一隊二五〇名合計四隊の形態をとり、時速約二キロメートルで行進するものと考えられ、前記のような状態の歩車道の区別のない道路において右のような形態の本件デモが行なわれた場合は、デモ参加者にとつてもその生命、身体に極めて危険であるばかりでなく、交通渋滞に一層の拍車をかけ付近一帯に著しい交通混乱とこれに伴なう交通事故発生の危険が生じるおそれがあると考えられた。

<2> 外環状道路

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

前述のとおり、三月一五日に万国博会場へ来場する車輌は約五万二、〇〇〇台と予想され、右は会場駐車場の収容能力二万八、〇〇〇台をはるかに超えるものであつて、駐車場に入れない車輌は外環状道路を中心として各アプローチ道路にあふれ、ピーク時には万国博会場を中心に半径五キロメートル以内はかなり交通渋滞を生じるものと考えられた。さらに、同日は一般公開初日であるためほとんどの運転者が地理不案内であり、駐車場への誘導も不馴れであることを考慮するときは、外環状道路は非常に混雑することが予想された。したがつて、このような状態の道路で前記のような形態の本件デモが行なわれた場合は、交通事故発生の危険があるほか、右混雑に拍車をかけることになり、外環状道路に接続する各アプローチ道路をはじめ、周辺幹線道路は長時間にわたつて交通麻痺状態に陥り、道路としての機能を失うものと考えられ、また、前記のとおり、外環状道路の歩道の有効幅員は僅か一・五メートルに過ぎないから、歩道上のみでデモ行進することはほとんど不可能と考えられた。

<3> 連絡道路

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

万国博開催期間中の西ゲート前交差点における交通量は一時間一万七、一八一台と推定され、同交差点から連絡道路を経て外環状道路に至る車輌も相当数にのぼり、これに、後述のように千里ニユータウンから徒歩で連絡道路を経て万国博西ゲートに至る相当数の入場者が加わるものと考えられた。しかも、前記のとおり西団体バス駐車場西側交差点から西口駐車場南側に至る道路は上り勾配であり、かつ、その幅員は僅か一一メートルであつて歩車道の区別もないのであるから、右道路は相当混雑して交通渋滞が生じ、交通事故発生の危険もあると予想された。したがつて、このような状態の道路において前記のような形態の本件デモが行なわれた場合は、交通事故発生の危険性は非常に高くなり、また、デモが道路右側を通行する場合、西口駐車場前を通過する時点では同駐車場への入場車輌を全面的に停車させなければならず、交通渋滞は極限に達するものと考えられた。

<4> 千里一、二号線

<証拠省略>によれば次のとおり認められる。

万国博開催期間中は、新御堂筋の休日一時間交通量二、二〇四台の約四割と国道一七一号線(池田方面)からの休日一時間交通量七一二台のほとんどを千里二号線に誘導する計画が立てられていたため、三月一五日の千里二号線の交通量は一般交通量を加えると一時間約二、〇〇〇台となり、道路の交通容量一時間約一、五〇〇台を超過すると推測された。さらに、千里ニユータウンからは多数の入場者が徒歩で万国博会場へ向うため、千里一、二号線は歩車道とも非常に混雑することが予想された。したがつて、このような状態の道路で前記のような形態の本件デモが行なわれた場合は、交通事故発生の危険があるほか、右混雑に著しい拍車をかけることになると考えられた。

(3) 明白かつ現在の危険の存在

ところで、<証拠省略>によれば、三月一五日の実際の入場者数は二七万四、一二四人、来場車輌数は一万五、三五六台に止つたことが認められるが、一方、<証拠省略>によれば、万国博協会においては、万国博開幕前の世論調査や輸送機関利用申込状況、学校行事、修学旅行団体の集計状況等を基礎にして野村総合研究所の入場者予測の基本方程式等により、万国博開催期間中の総入場者を五、〇〇〇万人、休日一日平均入場者を六〇万人、休日一日平均来場車輌を五万二、〇〇〇台と予測し、大阪府警察本部においても右予測値を基礎に京都大学工学部交通計画研究室に委嘱して交通流動予測を立てていたのであるが、たまたま三月一五日は意外に気象条件が悪く寒気が酷しかつたので、結果的には予測に反して前記の程度の来場数に止つたことが認められ、右事実によれば、大阪府公安委員会が前記の資料に基づき三月一三日の時点において三月一五日の入場者を六〇万人、来場車輌を五万二、〇〇〇台と予測したことについては不当な点はなかつたというべきである。そして、<証拠省略>によれば、万国博開催期間中六〇万人以上の入場者を記録したのは一四日であり、そのほとんどの日において万国博中央口駅はかなりの混雑が見られたこと、同期間中最高入場者数(八三万五、八三二人)を記録した九月五日の来場車輌数は三万一、八七三台同期間中最高来場車輌数を記録した九月九日の車輌数は三万三、三五八台で、いずれの場合もこれに予備駐車場及び民営駐車場の駐車台数約五、六〇〇台、団体バス、路線バス、タクシー等の車輌台数と路上駐車台数を加えると五万二、〇〇〇台を超えたものとみられ、その際の状況は外環状道路、中央環状線及び名神高速道路においてかなりの交通渋滞が発生し、特に九月五日午後四時頃からは会場駐車場に入場できない車輌が外環状道路にあふれ、名神高速道路上り線の約二六キロメートル(吹田インターチエンジ-京都南インターチエンジ)に及ぶ渋滞をはじめ、会場周辺の中央環状線国道一七一号線及び大阪高槻京都線などで長距離、長時間に及ぶ渋滞が発生したことがそれぞれ認められ、右の状況は、前記認定の本件デモ申請時において大阪府公安委員会が予想した本件デモの集合場所及び行進経路における混雑状況、交通停滞状況とほぼ一致しており、したがつて、右の予想は当を得ていたものと認められる。そして、右のような状況下で前記のような形態の本件デモが行なわれた場合は、前記(2)で認定したとおり、タクシー乗降場をはじめとして各所で著しい混乱が起り、人身事故及び交通事故発生の危険性が極めて高くなり、多数の人命にかかわる重大な事態を招くおそれがあり、また、交通渋滞に著しい拍車をかける事態が生ずることは十分予想されたものといわねばならない。

さらに、<証拠省略>によれば、本件デモの主催団体である安保万国粉砕共闘会議及びその前身である同会議準備会並びにその傘下の団体は過去においてしばしばジグザグデモをくり返していたことが認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は右証拠に照らして信用できない。したがつて、本件デモにおいてもジグザグデモが行なわれる可能性が強いことが予測されたものであるところ、もし右ジグザグデモが行なわれた場合は、さきに述べた人身事故及び交通事故発生の危険並びに交通渋滞に拍車をかける事態の発生が倍加することは必至であつたといわなければならない。

以上認定の事実によれば、本件デモがその申請の日時、場所において実行された場合には、多数の人命にもかかわる重大な事態を招く危険があり、かつ著しい交通渋滞を倍加するおそれが十分あつたものというべきであるから、本件デモの実行が本条例四条一項に定める「公共の安全に差し迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合」に該当すると認めるに十分である。

したがつて、大阪府公安委員会が右を理由に本件不許可処分を行なつたことは何ら裁量権を逸脱したものでなく、右処分には違憲、違法のかどはない。

2  本件不許可処分決定手続の適法性

本件不許可処分が大阪府公安委員会においていわゆる「持廻り決議」の方法によつて決定されたこと、同公安委員会会議規則一条が原告主張のとおりの規定であることは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば次の事実が認められる。すなわち、原告は最初三月一〇日に本件デモと同趣旨で、集合場所を万国博中央口駅コンコースとし、行進経路を北側タクシー乗降場-中央環状線-流出線-調和橋北詰左折-外環状道路-進歩橋北詰左折-流入線-中央環状線-北側タクシー乗降場とする三月一五日実行予定のデモの申請をなし、大阪府公安委員会は三月一一日の定例会議において審議をとげたうえこれを不許可とする決定をなしたところ、原告は同月一二日右デモ申請を取下げ、同時に本件デモの申請をなした。しかし、本件デモの申請は集合場所及び行進経路中外環状道路西口駐車場南側以降が最初の申請と異なつていたのみであつたので、翌一三日、大阪府警本部警備部長が公安委員五名と個別に連絡をとり、各委員がそれぞれ意見を述べあつたうえ、同公安委員会においていわゆる「持廻り決議」によつて本件不許可処分をなした。以上のとおり認められる。

ところで、同公安委員会会議規則一条は、原則として公安委員会は会議を開き、その決議によつて権限を行なう旨定めているが、右認定の事実によれば、本件デモの申請については、すでに三月一一日の定例会議において不許可と決定した原告からの最初のデモ申請と万国博会場周辺道路を行進する点において実質的に変るものではなくかつ、前回の不許可決定と時間的に接着し、その間に客観的状勢の変化はなく、また、デモ実施予定日も切迫していたのであつて、これらの事情を考慮すると、本件は同規則一条に定める「特別の事由ある場合」に該当すると認められるから、同公安委員会がいわゆる「持廻り決議」によつてこれを不許可と決定したことには何ら手続上の違法はないというべきである。

三  以上の次第であつて、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 辻中栄世 山崎恒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例